とこしえの夜

犬口マズルと申します ずっと夜が続きます

黒い雲と白い雲との境目にグレーではない光が見える によせて

「あの風プロジェクト」という企画を知ったのは2020年の夏のことだ。

ナナロク社で行われた「岡野大嗣の短歌教室」に参加していて、その参加者の中にあの風プロジェクトの主催者である尾崎ゆうこさんがいた。

同級生の企画だからという気持ちもあったが、何よりもコンセプトに強く惹かれ人生で初めてクラウドファンディングの支援を行う運びとなった。

 

◇あの風プロジェクトとは

「あの日の風を記憶するわたしの31字」

このプロジェクトは、「がんサバイバー(がん経験者)のそれぞれの想いや体験を31字の”短歌”に表現し一冊の本にすることで、自身の軌跡を記したり、他のサバイバーにエールをおくることにつながるのではないか」という想いからスタートした、女性がんサバイバーによる短歌集の出版プロジェクトです  

                クラウドファンディングサイトより引用

 

readyfor.jp

 

特に「短歌という短い文章であれば治療中や体力がない時でも読みやすく、誰でもサバイバーの心や体験に触れることができる」という部分に心を動かされたのだった。

 

恥ずかしながら僕はあの風に触れるまで、AYA世代もサバイバーも分からなかった。AYA世代がAdolescent&Young Adult(思春期・若年成人)を指すこと。世代により、がんの特徴が異なること。厚生労働省から政策提言などもされていること…。

そんな、何も知らなかった僕が抱いた感想をここに書き残すことにする。

 

◇装丁・構成

歌集を手に取った時、装丁がすごくいいなと感じた。タイトルである「黒い雲と白い雲との境目にグレーではない光が見える」をモチーフにした西淑さんのイラストは、神秘的であり希望を感じさせる。そしてカバーを外すと花束が現れるのも祈りのような気持ちが感じられる。中にイラスト含むカラーページもあるが、パステルカラーでまとめられていて目に優しい作りだ。一見、絵本のようでもあり早く開いて読んでみたいという気持ちを駆り立てられた。

 

装丁や中の挿絵は左右社の紹介ページから見ることができる。

 

sayusha.com

 

構成は26首の短歌、4つの連作、そして参加者のサバイバルストーリー(体験記)という構成になっている。サバイバルエピソードの後に再度読み返すと一周目では気が付かなかった作者の思いや、決意などがくっきりとしてくると感じた。

 

◇短歌について

 特に印象に残った作品四首を引用する。

 

・黒い雲と白い雲との境目にグレーではない光が見える

タイトルにもなっている作品。くっきりとした雲の合間から見えるのが曖昧なものではない光なのが希望のようだと感じた。この一首がタイトルになっていることそのものが光のように思える。

 

・通り魔のような「子どもはまだなの?」にどうして笑わなきゃいけないの

通り魔という本来犯罪者にしか使われない言葉が胸に刺さる。下の句のどうしてから伝わるように強い怒りや、悲しみを堪えて笑うしかなかったのだろうかと考えてとても苦しくなった。

 

・学生のはしゃいで歩く群れにまだ病気知らずのわたしが見える

表紙カバーに引用されている作品。学生を見つめて、過去と現在の狭間で佇む様子が表現されている。はしゃいで歩く群れという部分に寂寥感を覚えた。同時に、遠い世界の話ではなく身近な人や自分もそう感じる日が来るかもしれない、他人事ではないのだと心に刻まれた。

 

・再発も転移も私とチームから笑顔は奪えない この先もずっと

この先もずっと が好きだ。初めて読んだ時にとても強力な呪文を唱えているような印象を受けた。監修の岡野さんはこの歌集を「口ずさめるお守り」と位置付けたが、僕はこの一首にお守りの短歌というイメージを強く抱いた。

 

◇最後に

僕は、かつて入院していたことがありその時は小説も漫画も文章量が多くて読めなかった。テレビを見るのも苦しかった。そんな時にこういった歌集があればどれだけ救われたか。

 

これは歌集であり、そして本という形を成した祈りだと思う。主催の尾崎さんはこの本を届けたい対象として下記の三層を挙げている。

・がんで闘病中の方

 ・「第二の患者」と言われる家族や、友人

 ・がん以外で闘病中の方や不安を抱えている方

 

どうかこの本が、届くべき人に届いてほしい。たくさんの人に読んで欲しい。そして希望や祈り、あるいは自分の代わりに怒りや悲しみの声を上げてくれるものとしてお守りのように胸に残り続けて欲しい。それが、癌について何も知らなかった僕の今の願いです。


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