とこしえの夜

犬口マズルと申します ずっと夜が続きます

2022年角川短歌賞提出作品「不毛な夜をきみに」

不毛な夜をきみに/犬口マズル

 

締め切りは時や光の中に棲む可視化したくはないものとして

パソコンに齧りついても短歌うた詠めず冷蔵庫から空想を出す

銀食器マナーよろしく切り分けて土の味する空想を食む

不機嫌な椅子ぎしぎしと感情の発露のように軋み始めて

湯を沸かすポットの赤に情熱を見るまだ心中に秘められたまま

ぽぽぽぽぽ黒き水面波打って怪異の母体なる泥の水

(まだ何も)懺悔のように泥を飲む脳ゆらゆらと目覚めつつとも

狭き部屋歩き回って舞い散った埃もついぞ例えられずに

なすすべもなくため息をつけば犬笑顔にて僕も微笑む

両指で作るフレーム僕が見る犬の姿は天使そのもの

真っ白な仔犬が僕を連れて行くスノードームの国は開いて

舞い上がる埃をすべて粉雪に変えて明日は掃除機日和

ぴよと鳴るボールを投げてぴよぴよと鳴る楽隊で生計を立てよう 

ブレーメンに入れないかな人間として生きるのはとてもつらいし

指先に火を灯すのだこれからの仔犬が歩く道を照らして

老犬は夜鳴きと共にゆりかごに戻る理から逃れずに

悪夢なら僕が殺してあげるから眼窩にイーハトーブの星を

老犬の痩せた体を抱く世界初形状記憶人類は

さみしさは景色から少し遅延して来るきみがいなくなる世界へと

横たわる寝ると思って犬が来てそして思い出す僕の使命を

紛らわしたくて電源醜悪なテレビよ脳をジャックしてくれ

リモコンで映画を選ぶTSUTAYAでは吟味していたはずの時間で

フィクションの淵に腰掛けまず足を世界に慣らすやり方もある

戻れないつもりで飛んで結局は劇薬に塗れてしまうのか

劇中の銃の乱射に憧れて外は進行形の戦争

ぽっかりと満たされたままエンディング短歌うたの一つも作れないまま

興奮を横隔膜の収縮に預けて僕は夜に抜け出す

顕現せよ夜の扉よ鍵穴に五感を刺せば開け放たれて

目に映る街は彩度を失ってゴヤが絵筆を滑らせたよう

静寂という名の曲を聞いているここでは僕が騒音なのだ

吹き抜けて初夏がわかった心地よい風手のひらで妖精になる

生命の匂いは絶えず流れゆく川から海へどんな夜でも

スプーンで掬った星は澄み切ったソーダゼリーのような喉越し

改装が終わった駅は篝火のように最後の乗客を待つ

空想は皿の上から流れ出し落下してくる夜の平地へ

臆病な翼をもらう真昼には見えないはぐれものの天使から

飛べ!夜は我等のための滑走路眠れる者は置いてゆくがいい!

声だけを残して猫が走り去る魔女の視線に照らされながら

街灯が瞬いている共通の言葉を持たない理解者として

怪物の忘れ形見の心臓と見まがう花の赤麗しく

ただならぬ気配に全て砂となる東に昇る光を浴びて

帰宅して短歌うたの成果も得られずに自分を殴る甘い拳で

振り返り不毛な夜が横たわる僕の姿を象ったまま

それではとまた筆を執る不毛さも僕を構成する一部とし

迷宮を彷徨い歩け短歌うたという千三百の歴史の中で

まだ袋小路でもなく僕は外壁に触れて恐れているだけなのだ

屈折をしてもまっすぐ光線のように心を保っていたい

この先のことは一つもわからないただ目の前の熱に向かって

締め切りのその日に走り消印を求む瀬戸際って今だろう

読み終わるきみに呆れてほしいのだそして迎えよ朝を。さらばだ

 

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去年の角川短歌賞に出したものです。一年間で人生が大きく変わりました。

後から読んで、拙い作品だと思ってもその時に必死だったことはずっと忘れないと思います。

夜は夢いつかは醒めてしまうけどまぶたの下に流れる血潮/犬口マズル

 

短歌の練習をするのにツイッターを再開しました。よかったら。

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