とこしえの夜

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感想・新短歌教室の歌集1に寄せて

今日は2度目の更新です。僕は波があるから書ける時に文章を書いておかないと永遠に更新されないものも出てきます。というわけで歌集の感想を書きます。


 

◇新短歌教室の歌集1

「新短歌教室の歌集1」は歌人の岡野大嗣さんと木下龍也さんを指導者として行われた教室のまとめとして刊行された歌集です。60名の参加者の作品 計360首、そして岡野さんと木下さんの1首評 計120評が掲載されています。

 

ナナロク社さんは情報をnoteで更新しているのでnoteのリンクを貼っておきます。

ここに記載されているように2000部という限定的な歌集です。装丁にもこだわり、教室のまとめというアンソロジー的な要素もあるためどこか知る人ぞ知るといった雰囲気があります。しかし、短歌に初めて触れる人でもスムーズにルールが分かるような説明文があり、初めて手に取る歌集としても短歌に慣れ親しんだ人も深く読み込んでいける構成となっています。

短歌への門戸を大きく開き、新たな作り手の未来を築き上げる。実験的でありながらも革新的な作品だと感じました。1とあるので今後も続いていくのかもしれないですね。まだ見ぬ歌人の道しるべになるかもしれない教室だと思います。

note.com

 

僕はありがたいことに刊行後すぐに参加者の一人である阿部啓さんからいただきました。膨大な情報量の歌集のため、すぐに読み切ることが出来ず何ヶ月もかかってしまった……。感想等はナナロク社さんに送ってはいるものの誰かが何かのきっかけで僕の記事からこの歌集に辿り着いてくれたら嬉しいと思い、改めて感想として書き起こすことにしました。

 

◇全体について

読み終えた時、胸の中に大きな名前のないかたまりのようなものがずしんと降ってきました。短歌史の中に刻まれるであろう作品を読んだのかもしれないという実感がわいたのはそれから少し経ってからです。作品の数もさることながら、熱量の強さに一気に読み切ることができませんでした。時間をかけて一人一人の短歌を読み込み、本を閉じた時にこれは原石が詰まった箱だと思いました。銀色に光る装丁のように一人一人の五感を以て、内在された光を訴えかけてくる。共感できるもの、わからないもの、綺麗なもの、喜怒哀楽さまざまなもののまぶしさがただ嬉しかったです。岡野さん、木下さんの評を読むことにより短歌に対する解釈はより深まります。しかし、それが正解かと言われれば難しいのかもしれません。短歌は余白があるからこそ解釈が無数に生まれるものです。本当の答えは本人の中にしか分かりません。だからこそ、その余白が光のようにまぶしさを増すのです。

読んでいてとても楽しかったです。2・3と続くのであれば是非応援したい。ので、もう1冊書店で買いました。

 

◇特に好きだった短歌

どの歌も素敵で、その中でも特に好きだった歌について感想を書いてみました。

もしこの読みが間違っていたとしても一人の読者の感想として留めてもらえたら幸いです。敬称略です。

 

・阿部啓

私より長く生きてと泣く君が浮き輪となって溺れられない

→君を浮き輪に例えるのが愛だなと思いました。純粋な願いである上の句が、「溺れられない」とどこか自分の意志と反するようにして生きようとする意志が描かれた下の句に繋がっていくのが素敵です。実際にあった出来事だとは思うのですが、「君」が泣いていることによってドラマのワンシーンを切り取ったようです。日々の中にドラマはあるなと感じます。君がいなくなったら溺れてしまうかもしれないという危うさもあり、関係性の強さが際立っていました。

 

・磯部結衣

いつだって涼しい顔をしてるねと言う奴見ろよ、ほら、マグマだよ

→マグマは地下にあるもので、そう簡単に見られるものではありません。誰にも見えない深い場所にありながらも確かに燃えている感情があります。見ろよ、ほら、マグマだよ という挑戦的な下の句は、上の句の涼しい顔を打ち消すほどの攻撃性を感じてかっこいいなと思いました。読点の位置も相手に覗き込ませているような凄みがあります。一人の読者としてとても勇気がもらえる作品でした。

 

・一ノ瀬ケイ 

Amazonで買えるようにもなったけど無印にはふたりで行きたい

→無印というところがすごくいいなぁと思いました。無印は広いところだと家具や生活用品、洋服も置いてあって暮らしスポットだと感じます。通販で欲しいものだけ買うこともできるけど、一緒に行って選ぶ行為に重きを置いているのが素敵でした。欲しかったけど実物を見てやめたり、意外と必要なものが見つかったり、同じ食べ物が好きであることを再確認したり。「ふたり」の関係性がどういうものであっても、そこにある生活をイメージできるのが好きです。

 

・うゆに

この先のすべてのカーブにきみがいるかもしれない運転をしている

→何度も読み返したくなる一首だと思いました。すべてのカーブがという部分特に好きです。きみとの関係性や会いたいなどの欲求を詠み込まずとも、「すべてのカーブ」にすることできみとの再会を強く待ち望んでいることが示されているのがすごくいいなと思いました。あるいは、再会を望んでいないからこそかもしれない運転という危険を意識した行為を詠んでいるのかもしれず、余白が多いゆえに様々な物語が想像できて素敵です。

 

・太田垣百合子

おやすぴおゆすみおやすきなさい毎日ちがう気持ちでねむる

→衝撃的な作品でした。日々の異なる感情をこういった形で表現できるのかと感動しました。おやすぴおゆすみおやすきなさいと、おやすみなさいという基本形を変えていくことで連綿と続く毎日が表現されているようです。この作品を読んだ時、とても良いものを見つけた日の帰り道にいるような気持ちを覚えました。きらきら光って、他の誰にも教えたくないけれど、でもやっぱりたくさんの人に知って欲しいです。

関係ないですが、ひらいて に携わった方なのでしょうか。エンドロールにお名前があって驚きました。

 

・カラスノ

空港の動く歩道がさよならの前の余白を早送りする

→写実詠でありながらも、後半部分で一気に寂しさが溢れ出す構成が好きです。一定速度で動いている歩道に乗ることにより感情に関係なくぐんぐん離れていく様子が頭の中に浮かびます。それを感情語を使用せずに「さよならの前の余白を早送りする」と表現することで、寂しさがまるで動く歩道に乗ってくるようにゆっくり到達するような気がしました。言葉選びが本当に巧みで、過不足がないと思います。自分が乗っているのか、相手が乗っているのかが分からないのも好きです。

 

・永汐れい

うまれかわるための檸檬をひとつ買う乳房がりんとふくらむ真昼

→ものすごい歌を読んでしまったというのが正直な感想です。永汐さんの作品は新聞でも拝読していますがいつも素晴らしく、音律であるとか意味を取れそうでいながらも本当のところは本人にしか分からない危うさといった、バランス感覚がとても優れているとおもいます。僕はこの歌を読み、檸檬にはキリスト教で救済の意味があることを思い出しました。檸檬という果物が内在する神秘性と乳房という人の目には触れない部分を描くことで、自分の中で感情の落としどころを探しているような気がします。そして、それまでに書かれた四首を受けてこの歌を読まなくてはならないのではないかと思いました。何度も読んで、理解したくなるような歌です。それがとても難しいとしても。

 

◇購入先

ナナロク社さんのnoteに書かれている全国の本屋さんから購入可能。

hontoさんにはまだ在庫があるようなのでリンクを貼っておきます。

honto.jp

 

それでは、おやすみなさい。

もう一つどうしても感想を書きたい歌集があるのでまた後日。

あとなんかいちごつみの記事が異様にアクセス数があって謎です。

最近の七不思議のひとつです。